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部屋とYシャツとわらG

部屋とYシャツとわらG

2006年 夏 その2

2006/07/06
図書室への図書購入 「自分らしい生き方・お仕事(65535)」 [ 最近のことの日記 ]
 以前の日記に書いてそのままにしてしまっていたが、B校の教頭(副校長ともいう)がなかなかえらかった。

 週案に苦言を呈した翌週に、「今日がしめきりなんですが、もし書名がわかれば書いてください」と図書購入希望用紙をくれた。

 その場で、生徒が今回使いそうな本で、その時に出版社と書名が思い出せるものだけ、ダメもとで書いた。一部思い出せなかった出版社は教頭がインターネット検索で調べてくれた。

 そして翌週。

 「全部購入できることになりました」

 すごい! というか他の先生たち、希望図書なさ過ぎ(笑)。

 実はシリーズ物も書いたので、結構なお値段だったのだ。


 講師に希望図書を書かせてくれるのも初めてだが、本当に買ってくれるのもありがたいことだ。

 もしかしてもしかすると、この本のどれかが、この中学校の生徒を将来福祉の道にひきずりこむ(笑)ことになるかもしれない。

 ちなみに中学生の調べ学習に使えそうだと思って書いた3種類は、

 ぼくはうみがみたくなりました 山下久仁明 ぶどう社


 自閉っ子、こういう風にできてます! ニキ・リンコ 花風社


 障害を知る本(10巻シリーズ) ~の子どもたち 大月書店


 総額3万円超えてた。

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2006/07/14
ぼくうみがニュースに 「自分らしい生き方・お仕事(65535)」 [ 最近のことの日記 ]
 このブログのトップにバナーをつけさせてもらっている「ぼくはうみをみたくなりました」の映画化のための活動が昨日の夜、NHKニュースの特集で10分以上も放映された。

 番組の制作にあたった方も自閉症児の父ということだったそうだ。どうりで、映画化に向けての今までの経緯だけでなく、自閉症の特性にもふれていたし、小説の部分的な紹介が「これが映画になるといいな」という気持ちにさせてくれて、私が言うのもおこがましいがなかなかいい番組作りだったと思う。

 ただカンパの話は公共放送ではあまり大々的には言えない?ようで、ホームページの宣伝を少し…という感じであった。

 
 さて、今日、A中学校の選択授業の中で、ちょうど15分余裕があったので、たまたま印刷された「ぼくうみの小説の宣伝チラシ」とたまたまその裏面にコピーされた「毎日新聞の記事」を、受講している21人に配って、そのビデオを流した。たまたま…というのは宣伝目的ではなくて、社会福祉の教材ということで…。

 もちろんカンパを目的にではなく、『こうした草の根の活動が少しずつ動いていて、そのうねりが大きくなっている』ということを実感させたかった。

 こういうのはやはり少し大風呂敷を広げておいた方が良さそうなので、「君たちが高校生になったころには、『セカチュー』とか『タイヨウのうた』とかに続くヒット作品になっているかもしれないから、注目しておくように!」と言っておいた。

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2006/07/18
頭突き 「自分らしい生き方・お仕事(65535)」 [ 最近のことの日記 ]
 マテラッツィとジダンの件、ワールドカップ決勝の場だからこういうことになっているが、たとえば、同じ発言(人種差別的な発言と母や姉への侮辱)があって、同じ行為(頭突き)をやり返すのが、体育の授業中のことだったらどういう生活指導になるかな…と考えてみた。

 ケンカをした二人はそれぞれ違う部屋で聞き取り調査をされるわけだが、ジダン君は最初は下を向いて悔しさをかみ殺して黙っている。先生が「落ち着いたら話せよ、お前が何もなしにあんなことするわけないだろ」なんて言って、その後、黙っていると10分くらいして、ボソボソッとマテラッツィ君が言ったひどいことばを絞り出すように語り始める。

 一方のマテラッツィ君、保健室で一応湿布などしてもらった後、先生が話を聞くと、「ただ『ワー』とか騒いでいただけなのに、ジダンが急に頭突きしてきた」とうそぶいている。しかし、なんだか視線が泳いでいて、何か隠している様子。

 ジダン君から聞き取りをした先生が、その時まわりにいた他の生徒からも話を聞いてウラをとり、絶対の自信を持って、マテラッツィ君に「お前、ジダンになんて言ったんだ!」とせまる。

 「お前の母ちゃんでべそ」とか軽い内容に置き換えてうそぶくマテラッツィ君に先生はぶっちぎれて、「いい加減にしろ!」と机をぶったたく。

 はっとして、やっと正直にしゃべり始めたマテラッツィ君、全部言い終わった後、「お前が同じこと言われたらどうだ」とか先生にさんざん説教された後に、「ジダンに謝れるか?」と聞かれる。反省したかどうかは別として、早く終わりにしたいので「はい」と答える。

 さて、ジダン君は、先生から、一応、「暴力はダメだが、よく殴ったり蹴ったりせずに我慢した」と言われる。「先に手を出したのは事実だから、暴力のことについては謝れるか?」と聞かれ、硬い表情で「はい」というジダン君。

 そして引き合わされた二人…。

 マテラッツィ 「悪口言ってごめん。本当はそんなこと思ってないから…」

 ジダン 「俺も、急に切れて頭突きしてごめん…」

 そして先生が笑顔で無理やり握手して終了! 

 その前の先生からの話が本人に入っていれば、すばらしく変わっていくし、そうでなければ本当に形だけの場となりしこりを残すのであった…。

 というアホな空想をしていて思ったことは、学校の場だったら、頭突きよりも、差別発言や身内への暴言の方が、徹底的に怒られると思う。教育の場ってそういう精神を許さない。さらにケンカの場合たいていはもっとひどいこと(顔面パンチとか腹キックとか)になっているから、むしろ頭突きは「我慢した」ように思えてしまうのだ。

 全然関係ないけど、昔の私の同僚は、過去に一度、生徒をぶん殴って教育委員会に呼ばれて減給されていたので、今度は我慢して頭突きをしたのだが…やっぱり教育委員会に呼ばれて減給・厳重注意された。そりゃそうだ。

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2006/07/20
正解 「自分らしい生き方・お仕事(65535)」 [ 最近のことの日記 ]
 昨日見た試合日程がまちがっていたようで、教え子が出る2試合のうち、1試合は午前9時からで、どうせ見られなかった。

 でもそちらはちょうど「勝つ」と予想してもともと見ない予定にしていた方だ。そして予定通りそっちはまず勝ってくれた!

 予定通り、午後のもう1試合を見に行った。

 そして予想通り、今日がその子の最後の高校野球の夏となった。行って正解。

 彼は、再三レフトでいいプレイをしていたが、後半、大きな当たりに、すばらしいスタートを切ってバック、さらに右方向に反転してバック、そして少し前進…しようとした時に雨でぬかるむ芝に足を捕らえて転倒した…。

 ボールはぽとりと落ち、そして、ダメ押しとなる3点目を失った。

 彼はそのプレイのあとすぐ交代となった。

 球場にいた多くの人が、『痛いエラー』と思っていると思うが、あれはスタートが悪ければ追いつけもしないヒットだったのだ。そこまで追いかけて迫った彼は「やるなあ」という感じだったのだが、多くの人の記憶の中では、「あのエラー」と今後言われてしまうのかもしれない。

 最後の夏でやっと勝ち取ったスタメン、そして記憶に残るエラー…きっと何かを君にさせるために神に?仕組まれたことなのだと思う。

 私の親友も、私のチームの最後の夏に、大金星を目の前に大暴投…同点とされ、延長戦ではさらに2発も大暴投(笑)。当然負けた。

 高校卒業と共に野球から足を洗いゴルファーの道を歩む予定が、大学も野球をやり、今も現役草野球選手。

 OB会の活動をしながら、「あの時のサードです」というと他の代の人もみんなわかる(笑)というからある意味、彼の人生をいい方向に動かしたのだと思う。

 まあ、数年は夢にまで見たそうだから苦しかったのだと思うが…。

 みんなが見てくれているそういう場面に出られたことが幸せだったとその教え子にもいつか思って欲しい。

 私といつか話す機会があったら言ってあげます。あれはエラーではなくて、「ファインプレイなりかけたけど惜しくも失敗」だったのだと。

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2006/07/25
最後の愛弟子 「自分らしい生き方・お仕事(65535)」 [ 最近のことの日記 ]
 現在の高3が中2の時まで中学の野球部の顧問をしていた。だから、「野球を教えた」と一応言える人たち=「弟子」が高校野球に出るのは今年度が最後だ。

 現高2も一応中1の時に関わっているが、その時はお味噌というか控えの控えとして鍛えただけだから、もう自分の教え子というイメージではない。次の顧問の先生の教え子だ。

 で、まだ勝ち上がっている最後の愛弟子(笑)は、レギュラーとしてセンターで先発している。ここまでも1試合は1安打だが、2試合で3安打を記録するなど打ちまくって打点をあげている。

 前回はシード校との対戦。その日は妻が職員旅行で、Sの相手を私一人でせねばならず、この夏は彼の活躍を見ずに終わるのか…とあきらめていた。iモードの朝日新聞のコンテンツで試合の経過をチェックする。1点負けたまま9回裏…という所でなかなか更新されない。

 この場合、更新に時間がかかる時はなにかが起こっている時だ。

 (点は入れー、スコアに「2」と出てこいー)と念じて待つこと10分、更新ボタンを押すと、本当に「2」と出てきた! すごい、シード校に逆転サヨナラ勝ちだ! 

 こうして、本日、また試合があり、今度はノーシード同士ながらも相手は甲子園優勝経験のある学校と対戦した。

 教え子の試合をわざわざ見に行くのもこれが最後だなあ…と思いながら、ふと(なぜ見に行くのかな?)と思った。

 たぶん、高校時代に活躍し損ねた自分(控えで守備にはついたけど打席に立てずに終わった)をとりもどすために、勝手に投影させてもらって、自分が活躍したかのような気分にさせてもらってきたのかもしれない。よく言えば「昇華」で悪く言えば「投射」とか「白昼夢」(笑)ってやつか。

 特に今年高3の代は、中1の時に「全然打てないってヤツはどうせ一からやるなら左打ちになれ」と右投げ左打ちを大量製造した学年だった(やけくそ)ので、まるで自分かと思うようなタイプの選手がいた。足を活かすタイプで、コツコツ当てていったり、セーフティバントやったり、走塁のリードの仕方、飛球の追い方…なにかと当時のわらG野球の片鱗を見せてもらって、何かうれしかった。

 どんなにうまくなった子でも、やはり中学生の頃のクセとかが残っていて、なにかと楽しい。逆に高校の指導者から見ると、中学(あるいはもっと前)のクセが抜けなくて困るってこともあるのだろう。今日出ていた彼なんかは、ランナーに出たらギリギリまでリードして、牽制球には手から戻れ…といいクセを身につけてくれていたので、見ていてすがすがしかった(本人は真っ黒だが)。

 で、肝心の今日の試合の方は…

 貫禄の違いから、余裕で負けた。さらば高校野球!
 
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2006/07/30
南陽工 「ひとり言・・?(52302)」 [ 1年以上前をふりかえっての日記 ]
 高校野球で、地元の山口県代表校が南陽工業に決まった。自分が今20年以上住んでいる地域よりも、地元の予選の方が気になるし、甲子園でもそっちの結果の方が気になるのがとても不思議である。

 今回、自分の母校はまさかの1回戦負けであっという間に希望がなくなっていたのだが、準決勝に下関工業と下関商業がそれぞれ進出していて、「久しぶりの下関勢」に期待がかかっていた。

 が、それぞれ多々良学園と南陽工業に負けて、決勝戦を前にすでにがっかり…だった。

 で、興味を失っていたので、新聞で初めて決勝の結果を知る…ということになったのだが、いざ南陽工業が代表となって、『このチームを昔すごく応援していた』ことを思い出した。夏の出場が、28年ぶりということだが、たぶんそれよりも前だったろうか?それともその時だったのか?

 山口県内でも無名に近かったこのチームにものすごい投手がいた。140km台の速球をビシビシ投げる。またその躍動感あるフォームがかっこよかった。甲子園での試合をテレビで見るだけのに、なぜか壁に「がんばれ南陽工」という小さな垂れ幕まで紙で作ってさげてしまった(笑)。

 そこまでさせてくれたその投手の名は津田恒美。高校卒業後は協和発酵の社会人野球を経て広島カープに入団。『炎のストッパー』と呼ばれ、プロになってもその躍動感はずっと続いていた。が、テレビで見られるのは巨人戦だけだし、阪神ファンである私は「巨人対広島」を見ることもあまりなかった。

 広島で活躍をそう知らないまま、次に彼の名を聞いた時は「闘病生活に入った時」と「亡くなった時」である…。

 脳の病気(確か水頭症)に冒され、若くして帰らぬ人となった。

最後のストライク

もう一度、投げたかった

山本譲二/星空の鎮魂歌(レクイエム)~津田恒美投手に捧げる

 ああいうワクワクをくれる投手がこの夏もいるといいなあ。ちょっと楽しみである。

 そういえば、その頃から南陽工の帽子の『N』のマークがデザイン的に浮いていてかっこわるかったのだが、今もそうかな…。

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☆2006/08/13
バーベキュー 「バンドマンの語り場(7203)」 [ 最近のことの日記 ]
 もう13年目になる「バーベキュー&お泊まり会」が12・13日とあった。

 もともとは、お金がないけど何かやろうということで、宿代0円で済む旧妻の別宅…違った、妻の家の旧別宅(今は壊されて我が家が立っている)に大学時代の仲間で行ったのが始まりだ。川が近いので、川遊びとバーベキュー(飲み会)を目的に集まる。

 その家がなくなったので、近所のいろいろなところに泊まるようになった。

 ボロボロのところから、ちょっとした旅館まで、いろいろと行ったが、どこも今ひとつ清潔感に欠けるところが「やはり所詮はこの町の商売…」という感じだが…。

 そのうち、結婚して私がこの街の住人になったり、他の人も結婚・出産などで人が増えたり減ったり?しながら毎夏やっている。よく考えたらこんなにやっていたのか、どおりでいろいろな記憶(どれがいつのできごとかよくわからなくなってきた)が混ざるはずだ。

 ほぼ毎回大雨に降られて、昼のバーベキューは、中止になったり、翌日延期になったり、途中で撤収になったり…のいずれか。今回も、食べている途中までなんとかもって、降ってきたので屋根のある場所に一時避難して、徐々に撤収…という普通だとイヤなパターンだったのだが、いつかよりはマシな方だったので「いやあ、できてよかった」と満足げであった。

 うちとしては、ここでやってもらえると、昼のバーベキューにお散歩感覚でSが無理なく参加できるので助かっている。お泊まりの方は、近所に、跳びはねるベッドがあって、部屋食で、夜騒いでも大丈夫で…という宿泊施設はないので行っていない。いずれにしても、家族旅行ほどピリピリ?せずに、昼の川遊びとバーベキューに参加して、みんなに遊んでもらえるので、Sにとっても貴重な交流?の場面だ。

 もともとは大学の音楽サークル(バンド系)の人たちの集まりなのだが、気がついたら「学校関係の職業の人たち」が多くなっているので、まさに校種を越えた情報交換(異種間交流)の場にもなっている。今回は、幼・小・中・高…と全部そろった。シンポジウムができる。はたまた「特別支援教育が…」とか「自閉症の子は…」とかそういう話を当事者(S)の様子を見ながら学べる(笑)。

 そういいながらも、いい年こいたおっさん同士が、安心して、「どっちのゲーム機を買うべきか」とかそういうことを激論?できる場でもある。結局、当時の遊び仲間だから聞いたりできるのだが、確かに職場で「プレステ」の話をする機会は恥ずかしくて今はないな…。

 テーマは「バンドマンの語り場」だったはずが、今回も、子どもの携帯ゲーム機を借りて(奪って?)夜通し遊んでいるおじさんたちは、音楽サークルの人たちだったとは思えないくらい、音楽の話はあまりしていなかったし、楽器のひとつも出てこなかった…。

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2006/08/14
鉄腕アトムと晋平君 「障害児と生きる日常(26552)」 [ 最近のことの日記 ]
 『鉄腕アトムと晋平君』 渡部信一 ミネルヴァ書房 という本を読んだ。

 友人から紹介してもらった本なのだが、おもしろくて久しぶりに一気に読み終わった。

 筆者の意図をよくふまえずに大約すると…
 
 スモールステップで訓練し、だんだんと複雑なことを学ばせる方法論が障害児教育の常識。

 一方で、人間に近いロボットを作ろうとしたロボット工学の世界では、すでに80年代にそのやり方だけでは『鉄腕アトム』にはなれないことがわかった。

 それでできるのは人に操縦されないと動けない『鉄人28号』の方だったと。

 そういうことを踏まえて、現在は「自分の意志」で「試行錯誤」し「臨機応変」な力をつける研究を技術者はしている。

 その視点を、障害児教育にとり入れて考えてみることを、失礼を承知でおこなった…というのがこの本の考え方だ。

 あまり方法論にとらわれずに、大まかに自閉症児を育てた晋平母と、その中で人として成長している晋平君…の事例が紹介されていた。


 あつかましいが、私は自分が思ってもうまく言えない部分をことばにしてもらったと思えた。このブログの遙か前の方(またはフリーページをどうぞ)に書いていた、勤務していた養護学校のカリキュラムで感じていた違和感も、その理由がわかった。

 我が子の成長面として日々感じて喜んでいることも、どちらかというと、いつの間にか本人が自分でがんばったことが多い…など、うまく喜ばせてもらった。

 じゃあみんなこうすればいい…と方法論として具体的に書いていないが、そのことこそが「ゆったりと、失敗しながら」のこの本の極意なのか?と思ったが、ぜひ興味のある方は、読み終えたばかりの私の話より、本をご覧ください。
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2006/08/19
高校野球 「ひとり言・・?(53723)」 [ 最近のことの日記 ]
 この夏は結構夏の甲子園大会を見た。

 特にこの1週間はうだるような暑さの中、冷房のない部屋でゴロゴロした日も多かったので、「ながら見」したり、夢うつつの中で見たり…と、ちゃんとは見ていないのだが、よくテレビをつけていた。

 ラグビーのしまった試合のようなスコア?(12対13とか)が多くて、最終回に8点取ってしまうとかもうびっくり…が多かったが、おもしろかった。打力の向上や選手全体の底上げの結果…とマス・メディアは報道しているが、私は、守備側に小さなエラーが多いこと、投手が急に制球を乱すなど、「ここで守りきって当然」と思うような、気持ちの持っていき方にチーム全体で失敗して、投手も野手も浮き足立っているように思える。精神面の問題と勝手に思えてしまうのだ。

 もちろん打力の向上(製品もふくめて)もあるだろうが、「何となくいつのまにか勝つ」という守備型のチームが減ったように思った。

 と、そのあたりは、分析しながらも実はどうでもいいのだが、今回は決勝に残った2チームとも最初から結構好きだった。エースがいい。駒大苫小牧の野獣・田中…野球やってなかったら北海道の繁華街で大変なことになっていただろうな(勝手な予測)というあの顔つきが好きだ。早実の斉藤…福山雅治を思わせるあの容姿とともに、汗を拭く小タオルをポケットに入れているあの感じ…職人肌というかマイペースというか…が好きだ。

 二人とも、結構手を抜くのがうまくて、それでいて、「ここが勝負所」という時には、一番速い球が投げられる…というところがかっこいい。さきの精神面が、昔の高校生以上にすごい二人だと思う。かなり古いが江夏豊…のイメージ。

 決勝戦がどうなるか、かなり楽しみだ。そしてこの二人の対決が将来的に何度も見られるといいなあ…と思うのであった。

 もしプロにまだ行かない…と仮定すると、大学だと自然に考えると、駒澤大と早稲田大に進学するのだろうか???


 実は、今回書きたかった本題は、鹿児島工業。残念ながら、実力どおりの横綱相撲を早実にとられて敗れてしまったが、全国のベスト4にこういうチームが入ったことがうれしかった。

 たぶん、鹿児島県内でも「今年は結構強い」ぐらいで、他の野球名門校が本命だったのではないだろうか? 結構いい投手がいて、結構いい選手がいて、地道にやってまあまあいい成績を残せるチーム…になっていたのが、勝つたびに、チームのまとまりが強まり、気持ちが盛り上がり、実力以上のものが引き出され、とうとうこんなところまで来ちゃいました(すみません、全部勝手な思いこみです)…というムードが出ていて、ものすごく好感を持てた。

 甲子園に出ているようなチームのベンチの中には重苦しくて入りたくないけれど、鹿児島工業のベンチだったら、あの中に入って一緒に野球をやりたいなあ…と思うのであった。まあ、どちらからも必要とはされてないし、入ってもやることがない(笑)けど。

 あの声が大きくて盛り上げる代打男の今吉選手。代打で打席に立っている時にNHKのアナウンサーが、「彼は打撃にもいいものを持っています」と言ったのには吹き出してしまった。

 なぜなら、まだ野球的には打撃しかしていないのに…。NHKが認めるエンターテイナーということか?
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2006/08/20
早実、壮絶! 「ひとり言・・?(53723)」 [ 最近のことの日記 ]
 いやあ、おもしろかった。昨日の日記を書く時(今朝だが)に、「1対1で延長に入るような試合になるとおもしろいなあ」と一度書いて消していた。いくら投げ合いに期待しても、そんなことはないだろうとさすがに思ったからだ。

 現実はそれ以上、まさかの決勝戦引き分け再試合…となった。

 わけあって、早実を応援することに決めたが、午後からSを連れて買い物に出る羽目に…。でもDVDデッキに予約。その時刻は12:55~17:00。接戦になって延長で途中で切れたりしないように「超念のため(そんな日本語はないが)」にGコード予約を無視したことが正解だった。

 延長以降は自宅でゆっくり見ることができた。

 この続きも投手戦が見たいから、明日は雨で一日延期がいいなあ…。

 それにしても、斉藤投手の延長15回表の147kmの速球にはぶったまげた!

 そして早実を応援…といいながらも、15回裏にランナーが出ると、つい守っている方を応援してしまうのであった。

 「絶対に点を取らせないムード」をチーム全体で出す…昨日の日記に書きたかったのはたぶんこのことだ!

 などと、9回までの録画画面を見ながら書くのであった。やっぱり結果がわかっているシーンは見ても今ひとつおもしろくないなあ…。

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2006/08/21
本間、ほんますごい! 「ひとり言・・?(53723)」 [ 最近のことの日記 ]
 題名のようなおやじギャグがスポーツ紙を飾るのを期待していた。

 昨日は投手のことばかりほめたが、実は駒大苫小牧の本間選手、昨年から目をつけていて結構ファンだったのだ。

 今日は、早実を応援しながらも、本間選手の時だけは、「打って良し」と思いながら、「スライダー来るぞ、振るなよ、振るなよ…あー、振ったー」とまさに独り言状態であった。

 もちろん野球選手としても好きだが、やはりあの風貌…何より昨年私は監督さんと本気でまちがえていたので…。

 もしかしたら私が話題に乗り遅れているだけなのかもしれないが、監督さんとキャプテン(本間選手)のメガネは、絶対同じメーカー製だと思いこんでいる。そして、本人たちも「ねらって」やっていると思う。

 勝手な想像だが、時々二人で見つめ合って、メガネの中央を指で押し上げながら、「ニヤリ」とやったりするのだ…。

 昨日・今日と完全に押さえ込まれた本間君…敗因は正直言ってそのことだと思うのだが(すみません)、いつかまたどこかで斉藤投手を打ってください!

 自閉症児Sのネタをつづるブログが3日間連続高校野球ネタとなったが、今を逃すと書けないもので…。

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2006/08/25
飲み会 「ひとり言・・?(53723)」 [ 最近のことの日記 ]
 なんだかんだいっても、日頃はそうそう飲み会に出かけられない。Sのお世話もあるし、週末は妻の仕事関係の飲み会があれば負けるし(その代わりこっちは数が多い)、月に1回くらいのもんだ。

 夏休み中は、授業と違って、翌日の仕事がなんとでもなるので集中的に入れた。そのせいか、3日1回くらいトレーニングジムに行ったりしているのに、夏バテ知らずで少し太ってしまった…。

 この中からいくつかはできるといいなと夏休み前から日頃飲めないけどこの夏飲みたい人たちの候補をあげていた。

 実際にできた飲み会は、バンド関係の古い友人鎌倉君(仮名)の結婚祝(7/7まだ休みじゃないけど)、荒れてた中学校(以後A中)の時の仲良かった先生たち(7/28)、その中学校の野球部の生徒で今息子の小学校の先生(8/10)、バンド関係の大学サークル時代の先輩後輩(8/12)、それと同じくだが今は離島の先生をしている小笠原君(仮名)を囲む会(8/18)、講師で勤務した小学校の学年の先生たち(8/22)、そして明日は、一番担任して楽しかった時のA中2年1組の同窓会。

 いずれも楽しかったが、こんなにたくさんあった予定があっという間に終わってしまった。

 ちなみに、できるといいなと思ったけど、自分の健康状態や経済状態や家での立場?を考えて見送ったのは、講師で勤務した小学校の実習生たちとの若者飲み会、中学校からのつきあいの高校のバンド仲間との泥沼の飲み会、現在勤務する中学校の社会科の先生とのサシでの飲み会、もともと定期的に飲んでるB中学校の会、息子の行く特学のお父さんたちを誘っての初飲み会…。

 結局早いもの勝ちで、ちょっとでも何か他の件で連絡があった人との会をやったと思われる…。積み残しを覚えておかないと…といいながらいつも先送りになるのだった。

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☆2006/08/28
久しぶりの勤務校 「自分らしい生き方・お仕事(65535)」 [ 最近のことの日記 ]
 週3回行っているA校に約4週間ぶりに行った。2学期の予習をしようと教科書が必要になった(笑)からだ。日程追い込まれすぎだ。

 家から近い所なので出かけて帰りがてら寄ったのだが、職員室に入ってあいさつをした瞬間、焦った…。

 自分の席がどこだったか、一瞬考えた…。

 昨年度と今年度とで席が違うとはいえ、そんな自分にびっくりであった。

 夏休み中なのでさすがにそんなに書類はたまっていないが、おみやげのお菓子をいくつか置いていただいたようで、中にはもう酸っぱい臭いのおまんじゅうも…。

 埋もれていた健康診断結果を発掘。今年度も脂肪肝の疑い(というか病院でちゃんと検査して疑いではなくそうだと言われているのだが)と中性脂肪とGPTの数値が高いから書かれていた。しかし、総コレステロール値がぎりぎり正常値の範囲におさまった。よく見るといずれの数値も去年よりはよくなっている!そろそろ数字に表れないと、運動を以前よりするようになった甲斐がないぞ…と思っていたので、よかったよかった。

 筋力増加のせい?か体重は依然と同じなのだが中身がちょっとだけ改善したようだった。

 さて、こちらも久しぶりで大ボケだったが、昨日河原の町内行事で会った中3女子1名もすごかった。あいさつしたあと、急に「先生、社会科の宿題ってありましたっけ?」とあわてている。

 しばらく思い出そうとする私…。中1に出したものは思いだした。中3…受験生に出したっけ?と考えていてふと気づく。

 「お前、今年、俺に教わってねえだろ!」 

 昨年度、中2の時には担当したが、今年の中3は選択科目だけで公民は教えていない。一瞬考えたこっちもなんだが、習ってない先生に聞くこいつも相当な…。

 となりにいた子に繰り返し説明されてもなかなか「あー、そうだった」と言わなかった。 

 もうすぐこんな人たち大勢との毎日がまた始まる…。

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2006/08/31
8月31日 「自分らしい生き方・お仕事(65535)」 [ 最近のことの日記 ]
 42日間と長かったはずの夏休みも最終日だ…。

 一年で一番悲しい日が8月31日ですね…と以前の同僚のメールにあいさつ代わりに使ったら、「うちは2期制なので、もう1週間前からただの『前期の続き』が始まっているから8月31日はなんでもないただの日付です」と怒りの?返事があったのが去年。

 私の住む地域のまわりでも9月1日スタートじゃないところが増えてきた…。幸いにも今年は3校ともまだセーフだったが、授業は即平常授業だ。


 昨日届いた『残暑お見舞い』…こちらから出したものへの返事ではなく、ここで初めて来たものだ。

 差出人は、私が週1で選択授業の講師をやっているB校の副校長。

 いろいろなあいさつとかの文面の後、最後のしめがよかった。

 『9月4日(月)から平常授業です。』

 講師の人数が多い学校なので、みんながちゃんと来るように…業務連絡だった。
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2006/09/11
少しは慣れた? 「自分らしい生き方・お仕事(65535)」 [ 最近のことの日記 ]
 2学期が始まって1週間。
 先週のSは、毎日一度は学校でシクシク泣いていた模様。
 家に帰ってからも夜に思い出したように大泣きしてお手上げだった。

 月曜日の今日は、無事に泣かずに過ごせたらしい。よかった、よかった。

 さて、私の仕事の方も、2週目に入り、少しは慣れた…かな。
 先週は、夕食前にSの相手をしているうちに睡眠10分間…が多かった。
 すっかりお昼寝癖がついていたので(車中で1時間とか)今後もちょっと心配である。

 心配といえば、週1回だけ、選択授業2時間のみに行っているB校。
 ロクにあいさつがないのも、教員のムードが暗いのも相変わらず(笑)だが、生徒の方はすっかり荒れ始めている。
 チャイムが鳴っても、保健室には授業に行きたくない3年男子のかたまりが…。

 1学期は私の目に入らなかった(2時間だけだし、職員室~使用教室しか通らない)のに、今日はやたらと何度も3年ヤンキー男子と出会ったから、かなりウロウロし始めているようだ。まだ殺伐とした感じはなく甘えた感じではあるが…職員室のムードを考えると黄信号。何かあった時にサッと動く感じがないし、そもそも全員が授業を目一杯持っていて、空き時間の先生が少なそうだ。

 今日の私は、いつもと違う教室を授業で使ったので、休み時間に違う階に行ったのだが、廊下に車座になってイヤーなムードを出している女子グループがいた。

 「あらー、女子もこんな感じなんだー。3年?2年?」と思いながら、教室の表示を見ると…この階は何と1年生!

 よその学校(A校)で、教科の授業を週3回教えている1年生徒を思い浮かべると、とてもじゃないが同じ学年とは思えないひねた感じ…。ちょっとやばいぞ。

 B中学校の出身(中学生として)で、今はA中学校に勤務(1年担任)している先生が、「この前、地元でバスに乗ったら、女子がバスの中で袋菓子食ってましたよ。普通、買い食いって、ガムとかジュース・アイスでしょう。バス停で待ってるヤツも袋菓子!なんかやばいっていうかあつかましいっていうか、すごいですよ。」と先日言っていた。

 なるほど、週1の講師には見えない所で、いつのまにか「いつものB中」になっていたようで…。

 まだ2学期のこの時期でこれでは、そのうち校内で暴れている人を取り押さえなきゃとかになりそうでいやだなあ…「そういう所で活躍したくないなあ…。」と思うのであった。

 なってからやることは対症療法しかないけど、予防的なことが大事なんだよなあ…と他人事のように思うのであった。

 日頃から生徒とも教員とも多く関わっているA中なら、積極的に介入できるが、授業で教えたこともなければしゃべったこともないB中のヤンキー生徒は基本的に「スルー」しないと、知らないおっさんが下手に関わるとトラブルが大きくなるし…。と言いながらもちょっと楽しみだったりして…。

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2006/09/12
あらら 「障害児と生きる日常(28034)」 [ 最近のことの日記 ]
 なんだかんだと息子Sの小学校に行く。朝の送りはもちろんだが、給食指導(というかお守り)に週2回、4校時がうまくあけてもらえた曜日に行っている。

 最近、何かと町内行事やお祭りがあったせいもあり、兄弟関係で、私が隣の中学校教師だと知っている小学生が増えている。

 今日も「しったか小学生男子」が、あいさつの後に、「中学校に行かなくていいの?」と余計なことを(笑)言ってきた。

 講師の空き時間なので勤務時間ではないし何の問題もないのだが、そんな説明を小学生に短時間に行うのも難しいし、かといって「中学の先生がさぼって小学校で子どもの世話をしてる」と保護者に勘違いされても?困るので、「うん、またすぐもどるけど、今は大丈夫」とかわけのわからない返事でごまかした。

 給食の後、昼休みに遊びにきた「しったか小3女子」は、私のことを勝手に「先生」と呼ぶだけでなく、まわりの子が、「えっ、S君のお父さんじゃないの?」などと聞くと、鬼の首を取ったように、「違うのよ。私のお姉ちゃんの社会の先生!」とか勝手に紹介していた。

 お姉ちゃんの先生なのはその通りだけど、S君のお父さんと「違う」ことはないから!

 うーん、何かとややこしいなあ。

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2006/09/15
武蔵野東とのご縁(たぶん1988年) 「自分らしい生き方・お仕事(65535)」 [ 1年以上前をふりかえっての日記 ]
 忘れていたようなことをふと思い出すことがある。自閉症関係の世界で相当な有名人(故人)に、その昔、面接をしてもらっていた。 

 大学4年生ながら、このままバンドを続けてプロミュージシャンになろうと思い、就職活動をしていなかった。当時、『フリーター』ということばも生まれつつあったが、「アルバイトをしながら他の自分のやりたい活動」をしても、普通は『プー太郎』と言われていた。

 教員採用試験も受けず、迎えた秋…突然、「そうだ!公務員になって仕事を定時に終えて、夜バンド活動しよう!」と、とんでもなく甘いことを考えた。

 秋になっても選考をやっているのは市役所とか町役場…受けた2つのうち、1つは第2次選考も通過し、最終選考の5人まで残った。その頃、退職金が高すぎると全国的な話題になった、福祉の進んだ東京都M市である。

 若干名って何人採用かよくわからないが、面接資料の書類には、身元保証人にM市在住かM市役所勤務の人を書く欄があり、ようは『縁故』を強調できるシステムだったが、地方出身の私にそんな知り合いはいない。大学の卒論担当の先生(助手)がM市だったので書いたがやはり効力はなく(笑)、最後で落ちた。まあ、今思えばそんな甘い考えで入らなくて良かったが…。

 で、まだその有名な方は登場しない。

 翌年の東京都の公務員試験受けようかなあ…と少し思い始め、『学校事務』なんかいいなあと思い始めていた3月頃…私立高校の学校事務員募集を校内の就職情報掲示板で見つけたので、行ってみた。

 それが、古くから独特の自閉症教育の取り組みで有名な武蔵野東学園だった。そして、その時の面接で、なんと今は亡き『北原キヨ先生』直々に面接をしていただいたのだった。

 バンド活動を継続しながら片手間に働きたいという不純な動機で、でも「生徒に直接関わる教師の仕事に他のことをしながらなってはいけない」という純粋な思い?もあり、同時にあった教諭の募集には目もくれず、事務職員として採用試験に臨んだ。(今思えば事務職の方々に失礼な思いこみだし、簿記がどんなものかさえ知らない恥知らずな受験者だ)

 豪華な待合室のゆったりしたソファで、私はあつかましくも悠然とタバコを吹かして待っていると、学園長(たぶん)の北原先生が現れた。なんだか空気がピーンと張りつめた。

 こちらから志望動機説明や自己紹介などの後、北原先生は急に、「あなたは私の見る限り教師に向いている。今、いい目をしてるよ。今回、事務職と同時に小学校教諭を募集しているから、そちらにしなさい。そうするなら、今この場で採用を決めます。」と言い出した。青天の霹靂とはこのことだ。

 さらに「なぜ教員免許もあるのに教諭じゃなくて、事務職なの」と問われ、私の方はバンドのことを言うわけにもいかず、「教師として生徒の人生に関わる自信がまだないので、まずは学校現場で他の仕事をしてからそのうち…」などと苦しい大うその説明にしどろもどろ。

 「あなたは見たところ、そう自分に自信のない人ではなさそうだし、何だかおかしいね。私は納得しかねます」のようなことばに続けて、時に強く、時にやさしい口調で切々と、『教師という仕事のすばらしさ』を語ってくださった。たぶん30分以上…。

 そして「今あなたに必要なことは、『やってみよう』という挑戦心だ。さあ、小学校の先生になりなさい。」と即答を求められて私はタジタジになったのであった。でもこちらも、当時は教師が夢ではなかったので、事務職員希望を言い張り、後日、不採用の通知を受けたのであった。

 ただ、この面接がきっかけで、「中途半端な気持ちで正社員になろうなどと思ってはいけない。それは相手にも失礼だ」とわかり、腹をくくって、バイトをしながら自分の夢に挑戦しようという気になり、4月からレンタルビデオ店のお兄さんになったのであった。(ちなみに5月から時間講師の話が飛び込み、図らずもバイト気分で教育現場に入りそのまま講師で4年間居座るのであった…。)

 実は、面接の時には、北原先生がどういう方なのか存じていなかった。お会いした翌年に、新聞記事でお亡くなりになったことを知り、その記事の大きさや、故人の略歴を見て、「なんてすごい方だったんだ!」と驚きと尊敬を新たにしたのだった。とはいえ、「あの時のオーラの出ていたおばさま、すごい有名人だったんだ!」という単純な驚きである。なにせ、『自閉症』がなんなのかその時は知るよしもなかったのだから…。

 そしてそれから18年たった今の私は、8歳自閉症児Sの父であり、この数年で養護学校や特学でたくさんの自閉症児と関わり…ということになっているからやっぱり人生は不思議だ。

 「北原先生、あなたが面接で教師を薦めた男は、あなたが言ってくださったほどではなかったけれど(笑)、まあまあくらいなら障がい児教育の世界でも使えたみたいですよ(笑)」と、ご存命だったらお話ししたかったなあ…。

(私も息子も残念ながらこちらの学校にはお世話になっておりません。念のため)
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2006/09/15
偶然の重なり 「今日の出来事(65535)」 [ 最近のことの日記 ]
 偶然の重なりは必然なのか…前回と同じテーマのようで、全然違うような今日の出来事。

 息子を送った後、いつものA中学校に出勤。雨で運動会の練習がうまく進んでなかったので今日あたり急に入るかも…と覚悟(イヤ期待)をしていたが、なんと2時間目以降全部!

 「やったー1時間目だけだー」と思ったら、今日は2~5校時が授業の日だった! よって、来てコーヒー一杯飲んだらもう帰れることとなった。


 急にできた休暇をどうしよう…もちろん義父母の待つ家には帰りたくない(笑)が、映画も明日からなら見たいのがあるのだが、今日はまだ…などと考えるうちに、結局いつも行くスポーツセンターのトレーニング室でまずは汗を流すことにした。
 
 同じ建物内にある温水プールもいいなあと思ったのだが、100円安いこともあってやはりトレーニング室へ。しかし、エアロビみたいなのをやっている時間だったようで、おばさまたちで大混雑…筋トレや自転車こぎをする私ともう一人の男性はすみっこで肩身の狭い思いをした。結構失敗。

 が、そこに行った時に、小学生の行列が駐車場から遠くに見えた…最後尾のあたりだけ見えたのだが、そのオバサマの後ろ姿がどうも見たことがあるような気がする…。一昨年私が勤めていた小学校の女性校長?? まさか、ここはその小学校から電車で1時間半くらいの、川くらいしかない街だぞ。見間違いだな…ということで、少し気になりつつもトレーニング室に行ったのだった。

 運動をして、汗をかいて、窓から新鮮な空気を吸おうとした時…遅れてきた児童1人を連れた大人2人が窓の下を通った。3人とも知らない人だが、あの制服とあのナップザックはまずまちがいなくその小学校のものだ。

 むむむむ…と思い、その後、当時の同僚にメールを打って確認しようとしたのだが、普通授業中だから返事が来るわけはない。気にはなったが昼食をとりに移動し、その時に川沿いの道などもついでに通ったがどこにいるかはわからなかった。

 そして、次の用事で隣の市の図書館に行こうとしていた午後2時前…突如、また小学生の行列が現れた! 先頭を行く先生は思いっきり知っている人だ! 車から手を振るが気づいてくれない。しょうがないので駅に先回りして待った。細い道から突然現れた私に相当驚いてもらった。

 列の所々に教員が入っているので、その都度、驚いてもらっては、その都度、「隣の駅に住んでいて、職場もそこなんです。遠いけど一昨年はここから通ってたんですよ」と5人に計5回説明した。

 そんな時に、「○○先生!」と思わぬ方向から呼ばれた。今度は私が驚く番だ。

 なんと、列に入っていた教育実習生が、そのまたさらに前の前の前の中学校の時の教え子だったのだ。一瞬わからなかったが、名前を言われてハッとわかった。いやあ、まさか彼が大学の後輩となり、さらにその付属校で実習を受けているとは…。直接じゃないにしろ、教え子が、教え子の先生(教生)になったわけで、なんだか不思議である。

 久しぶりの晴天→運動会の練習変更→授業休み→トレーニング室→行列の目撃(その1)→行列の目撃(その2)→教え子から発見される という一連の偶然の重なりに驚いたと共に、何か必然を感じるのであった。

 そんな絶好調の偶然パワー、その図書館に行くと、日頃は月曜日だけが休館日なのに、月に一度の館内整理日で金曜日ながらも休みだった。すごい偶然…。

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☆2006/09/21
杞憂? 「自分らしい生き方・お仕事(65535)」 [ 最近のことの日記 ]
 杞憂(きゆう)に終わってくれればいいのだが…ということが起こっている。

 与党の新総裁になったA氏は、教育改革を全面に掲げている。改憲もやりたいようだ。

 その彼が持つ歴史観は、
『新しい歴史教科書を作る会』に賛同しているとのこと。

 公平を期して、これに反対する立場の団体も紹介。

 ということは、教育改革も、その考えを踏襲して行くにちがいない。

 私は、いろいろな歴史観があってもいいと思うから、自分のやっていることと違っているからとこの会の先生たちを認めないわけではない。歴史は複雑だからいろいろなとらえ方があっておかしくないと思うからだ。しかし、それでも、受けとった側(生徒)が、教師は『中立』だったと思えるように授業をやるべきだと思っている。

 だから、組合バリバリの人がかなり左寄りにやるのも、この会の人が右寄りにバリバリやるのも、どちらもおかしいと個人的には思う。

 私も、中立という立場で両方の立場の資料を提示しても、『ちょっと左』に誘導しているかもしれないが…。


 ところが、今回立場が立場で、さらに考え方がはっきりしているA氏が『教育改革』を主導すれば、進む方向は見えている。そんな時に、自分が『社会科教師』で居続けられるだろうか…自分らしい仕事ができるだろうか…やめざるを得ない状況が出てくるのだろうか…と思う。教える内容を強制されそうな気がする。

 かといって他の教科で免許を取り直すのも今さら無理だし、小学校の産休代替とかそういう道を考えようかとか、今後いろいろな困難が待ち受けているような気がするのである。


 さて、そんな不安な時代の始まった今日、卒業式での「君が代・日の丸の強制」にともなって、不起立で処分された東京都の教員たち原告の勝訴というニュースが伝わってきた。「君が代・日の丸」うんぬんではなく、それを『強制』する職務命令を出したり、それを教育委員会から調べに来たり、そのために教師の座席表が決められて絶対その通りに座らせられたり、途中生徒に何かがあっても歌の間はほっとけと言われたり…そんなことがおかしいという判断が出たことは、司法がちゃんとしている国だったんだと誇りに思う。

 司法が、今の憲法のまま、ちゃんと運用し続けてくれれば、日本にも未来がある。立法府(国会)や行政府(内閣)が、今の憲法の『精神』をもっと大切にした法を作り、政治をおこなってくれれば、もっともっと自然に『愛国心』が育つと思う。

 少なくとも、失政としか思えない障害者自立支援法をつくるような人たちを信用できない。私たちは『自虐的な歴史』と言われることを教えられたから自分の国を愛せないのではなく、「現在」の国の姿が情けないから愛せないのだ。

 「美しい国」と彼が考えるものが、とてもではないが美しくなさそうだと思えるのは私だけなのだろうか…。


 余談だが、A氏の父と、林義郎氏は私の地元(小学生の頃)の選挙区で、自宅が同じ校区にあった時期もあった。そのせいか、中学校の町内対抗ソフトボール大会の来賓あいさつがこの二人(共にのちの自民党の総裁候補者)だった時もある。地元に住んで、地域の人と一緒に生きていたから、特に支援していない我が家でも評判は悪くなかった。

 今、私の地元の知り合いは、「あの人、東京で育った東京の人やろう? なんでうちから立候補するん?」と声を上げる人もいる。その一方で、「なってくれたら地元(選挙区)はもうかるから良かった」と言う人もいる。

 さあ、これから何が起こるのだろうか? 少なくともこんな小さなブログでの批判まで、処罰されるような時代はまだ来ないと信じたい。


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